宮本亜門×岡田利規
ハブとして機能する劇場を目指して―。
宮本亜門×岡田利規

神奈川芸術劇場 (KAAT) のオープニング作品のひとつとしてラインナップされた『ゾウガメのソニックライフ』。
劇場の芸術監督を務める宮本亜門は、チェルフィッチュをどのようにとらえ、オープニングラインナップに選出したのだろうか。また、チェルフィッチュを主宰する岡田利規は、自らの地元である神奈川に公共劇場が新設されることに、どのような思い入れを持っているのだろうか。オープンを間近に控えた劇場で行われた2人の対談は、神奈川芸術劇場が目指す方向性に関する話からスタートした。


宮本亜門 (以下、宮本) : 僕はこれまで商業演劇の世界にどっぷりで育ってきて、劇団を持ったこともなく、長い時間をかけて稽古するわけでもなく、1か月の稽古から公演へ、というサイクルのなかだけで生きてきた人間ですが、この10年、劇場の意味合いを探っていました。人と人とが出会いながら、時間をかけ意見を交わして、ものを作り上げていく方法はないんだろうか。見る側と作る側の差別化もせずに、一緒にまみれながら展開していく方法はないんだろうか。そんな風に思ったことから、この劇場をハブのように機能する場所にしていきたいと考えているんですね。

岡田利規 (以下、岡田) : 僕もこの劇場にハブになってほしいですね。ここはハブとして機能してるな、という場所で上演するときに一番、自分たちが高揚できるんですよね。それは、動員数の話じゃないんですよね。なんかわかる、としかいえないんですけど、そこに行って上演すると、なんか感じられるんです。

宮本 : 公演にどれだけお客さんが入ったかどうかだけで判断するような劇場には絶対にしたくない。常に人がたむろして、ああだねこうだねって語り合えるような場所にしたい。若手の演出家とか劇作家にもいろんな考え方があって、僕はそういう話を聞くのが好きだし、興味がある。影響を受けて自分も変化していくことに期待したいですね。

― それで、オープニングラインナップに、チェルフィッチュの作品を選ばれたんですね。

宮本 : 純粋に岡田くんにここでものを作ってほしかったんですよ。時間をかけて新作を作れる空間を提供したいというのがあったんです。ここでチェルフィッチュがリハーサルをしていたら、僕が顔を出したり、ほかのスタジオで稽古している演出家がやってきたりして、この空間がザワザワしてきたら楽しいじゃないですか。「こういうこともやってみたい」とか、新しい発想もそうした会話から生まれると思いますしね。

岡田 : そうですね、やっぱりそれが起こらないと自分が硬直しちゃうんで、そういう刺激には期待しますね。それと、ここは僕にとっても地元なので、地元で舞台芸術のハブを作る、ということができれば嬉しいですね。ただ、逆に、そうならなかったらどうしよう、という心配もあって、だから結構マジなんですけど(笑)。

― そこでオープニングを飾ることが決まりました。

岡田 : いや、その部分にあまり息まないほうがいいと思うんですよ。もちろん、いい作品を作るというのは大事です。ただ、華々しいオープニングを飾ることよりもずっと難しいのは、オープニングのフレッシュさを頼りにしないで、この劇場が生き続ける、機能し続けるっていうことであって、それを目論んでいかないと意味がなくて。そういう考え方でやっていますね。

宮本 : まだ建物もペンキ臭いぐらいに新しくて、新品感に圧倒されちゃうぐらいだから、ここをどんどん生々しい空間にしていきたいな。そういう手垢の付いた場所でインスピレーションが湧くし、人が人について語るのが演劇なんだから、人間臭さのある生々しい場広場にできるといいんだけど。

― そして、新しい舞台芸術が発信される場として機能すると。

宮本 : 岡田くんの舞台を見たときに僕はやっぱり、正直、“何だこれ”っていうところから始まったおもしろさがあった(笑)。すぐに理解できないところがあったり、等身大の友人の部屋や、路地の裏で見た風景のあの感覚と近い、というのがあったり、そこに惹かれたんです。いい意味で、美術館に行ったときの強制されない安心感みたいなものというか。作品がそこにあって、そこを動いてる人がいて、そこをずーっと自分が思考ごと周っていくっていう。基本的に演劇っていうのは、日常とは違う何かを期待して見に行く、っていうのがありますよね。静かな時間の中にも人間の可能性や、こんな未知な体験もできるんだ、というようなことが僕はやっぱり嬉しい。そういう部分で、岡田くんの劇を見たときに与えられた時間というのがとても心地よかった。

岡田 : 演劇の時間っていくつもありますよね。例えば、1時間半まったく動かないパフォーマンスがあったとしたら、それは見るほうにとっては絶対的に苦痛なんですよ。でも終わった瞬間、のど元過ぎればみたいな感じで、絶対に見てよかったって思うものになるわけですよ。いまこの時間は明らかに苦痛なんだけど、でも終わったら何かが変化する、っていうのをどこかで人は学んだほうがいいと思いますね。そのほうが、お芝居を見るのが楽しくなるだけではなくて、生きていくのが楽しくなるから。それをどこかでわかってるから、演劇を見ると思うんですよ。

宮本 : いま、演劇そのものが解体されているじゃないですか。観客と出演者や制作者との結びつき方もあらゆる方法がありで、発想は多様に広がりつつある。だから、観客をいろんな意味で刺激したいし、偉そうな言い方だけど、育てたいかな。知らない発想や知らない考え方があるんだ、っていうことを感じてもらえる劇場にしたいですね。