岡田利規
どのように会話を取り入れるか―
稽古場で模索が続く

リハーサルがスタートして2週間あまりが経過した。初日に行われたワークショップで実験されたのは、とあるエピソードを話す人物がいて、そのエピソードを実際に体験した人物が横に黙って座っている、という状況。はたして、2人の位置関係や言葉の発し方によって、その黙っている側の人物がエピソードの体験者であることを浮かび上がらせることはできるだろうか。岡田利規はワークショップの結果に、大きな手ごたえを感じたという。
伝聞形式や、ナレーションのような描写でイメージを立ち上がらせるのではなく、話し手が自分ではない体験者をどれだけ「引き受ける」かによって、舞台に、また、舞台と客席の間にストーリーの空間が生まれてくる。
ただ喋るのではなくて、何かを起こす意識を持って喋らなければ意味がない。喋る人が、その隣に座っている人物の体験と言葉を「引き受ける」ことによって、観客には舞台上の役者の関係性が見えてくる。チェルフィッチュが今回の新作で、新たに試みようとしている一点が、発話者とその語られる事象の体験者との関係性から空間を作り上げることだ。
そしてもう一つは、会話。演劇における会話というのは、本当に「会話のキャッチボール」といえるようなものなのか。これまで舞台上で行われてきたことというのは、ただ自分の言いたいことを言うような、「キャッチボール」よりももう少し勝手なボールの投げ合いなのではないだろうか。岡田はそこに対して疑いもあるし、簡単に扱ってはいけないものとして慎重だ。演劇の決まりごとに対する疑義から、新たな方法を模索してきた彼ならではの視点と方法論で、今回は会話に挑戦する。
台本に書かれた言葉が大事なのではなく、話し手である役者がその言葉の出てくるモード、状態にあることが重要なのだと強調する岡田。実際に劇中で会話のシーンがどれだけ実現できるか、まだ模索中だ。現段階の台本も、岡田がいうには「オーディションをしている最中」なのだという。このテキストを使えるかどうか。どの部分に手を加えていけばいいのか。リハーサルスタジオで役者たちといろいろ試しながら、『ゾウガメのソニックライフ』の輪郭が作られていく。